覚えてもらえる存在であるということ ― 経営者としての責任とブランディング
今日は『覚えてもらえる存在であること』について書きたいと思います。
企業活動の出発点は、とてもシンプルです。
人は、知らない会社には仕事を依頼(注文、相談)しません。
だからこそ最初に必要なのは、『認知されること』であり、さらに言えば『記憶に残ること』です。
そしてその次に問われるのが、
『何ができる会社なのか』
『どのような哲学(思想)で仕事をしているのか』
ここまで伝わってはじめて、信頼につながっていく。
私はこれまで、経営者として
自分自身を「会社の一部」として捉えてきました。
言い換えれば、
社長個人も、また企業ブランドを構成する要素の一つです。
製品においては『機能美』を追求する。性能だけでなく、佇まいとしての美しさ。
それは企業の思想が最も分かりやすく表れる部分だと考えています。
人においては『共育』。
どこに出ても恥ずかしくない、そして、誇りを持ってもらえる人材であること。
これは短期的には実現できません。長期的な視点で共育しつづけることが重要であり、良い企業としての条件のひとつです。
そして、経営者である自分自身。
社長としての私。
どの場面においても、
「あの人が社長の会社なら信頼できるだろう」
そう感じてもらえる状態を保つこと。
これは自分の責任だと思っています。
その一環として、外見も言動も重要な要素と捉えています。
清潔感をベースにしながら、過度ではない範囲で個性を持たせる。
記憶に残るような極端な表現のエピソードを披露する。
一度見たら記憶に残り、私の話を一度聞いたら強烈に記憶に残り、次に会ったときに認識される。
これは意図的に設計している部分でもあります。
服装については『使う場面の定義』を明確にしています。
仕事の場でのみ役割を持つものと、私的な時間で使うものとを分ける。
その境界は曖昧にせず、自分の中で一貫したルールとして管理しています。
(毎日何を着たのかを記録に残すほど徹底しています)
なぜそこまで線を引くのか。
それは、経営者である以上、自分の行動や選択がすべて会社の姿勢として見られる可能性があるからです。
こうした考え方は、日常の細部に宿るものだと感じています。
たとえば休日。
一見すると業務とは関係のない時間ですが、社会と完全に切り離された時間とは言い切れません。
以前、気を抜いた服装で外出した際に、お客様と偶然お会いしたことがありました。
その経験から、
「いつ、どこで見られてもよい状態であること」
を自分なりの基準として持つようになりました。
情報発信も同様です。
このブログやnoteを書く目的は、単なる発信ではなく、『理解され、記憶されるための積み重ね』です。
会社も、経営者も、マーケティングやブランディングが重要です。
それは特別な施策ではなく、日々の意思決定と行動の連続です。
(寺西正明)